「理解力がないので・・・」
2007年 08月 30日
いつも通っている総合病院の眼科のS先生からそう言われた時は やはり親子ですね、凄く腹が立ちました。
まだ認知症なんて夢にも思っていないときでした。
視力検査 視野検査 その他 色々な検査をする度に先生の言われることが出来なかったらしいのです。 だから「ちゃんとした検査が出来ません」と私に言われたのです。
それは仕方ないけど「理解力がないとは 失礼な~」とかなり立腹したのを今でも覚えています。
後日 夫が他の先生にS先生のことを笑い話程度に話したら「S先生も若いからなぁ~」と言われたそうです。そう若いからだと思います。
でも今思うとそう言われなかったら私は母の言動を注意してみることはしなかったと思います。
だから今は感謝すべきことだったと思うのです。
S先生の言葉を私自身が納得したのは その後2年ぐらいしてからです。
広大附属病院へ紹介状を書いていただいて 緑内障の治療に関して中国地方第一と言われている教授の診察を受けに行った時です。
その時もやはり色々検査がありました。
その頃もう大分見えなくなっていましたので検査室まで私も同行して 検査を側で見ていたのです。 母が言われる通りに出来ていないのです。
○○さん こうこうして・・・と言われても それこそ理解が出来ていないのです。
私はそこで母の理解力をやっと納得できました。
終って母が あそこの機械は壊れている・・と言ったのも ある意味でショックでした。
「病院の機械が壊れているわけないでしょ。 言われるようにちゃんとしていなかったのは
おばあちゃんよ!!」と 私はどうしようもない気持ちを母にぶつけていました。
それから何とかして認知症の診察をしてもらいに行きたいと思うようになりました。
進行を遅らせる薬も飲ませたいと思います。
でもこれも 意思は固いです(笑) 何度喧嘩越しになったか分かりません。
絶対に行きません(笑) 人間ドックと同じで 予防の為よ・・・と言っても 駄目です。
私はもう諦めています。
だから認知症の進行のレベルが何段階に分かれているでしょうが どのような位置に母がいるのかさっぱり分かりません。
確実に進んでいっていることだけよく分かります。受け入れていかなくては・・・。
昨日伯母の所に行ってきました。(伯母についても今度いつか書きます)
「ま-ちゃん(母のこと)は元気?」 「うん 元気だけど時々頭が混乱して何処に自分がいるのか分からなくなるようよ」と言いましたら、「私も 夕べ 途中で目が覚めたら何処にいるのか分からなくなっていた」と言うのです。
「でも伯母ちゃんは自分がそうなったって今 分かっているから大丈夫よ。ま-ちゃんは全然覚えてないから、困ったねぇ・・・」
初めて この伯母から「Y子ちゃん(私)とY君(夫)だけが頼りじゃけん いつまでも元気でいてよ。無理しんさんなねぇ~」とねぎらいの言葉(笑)を貰いました。
母と伯母の為にも私たち夫婦が元気でいなくては・・・・。
mimiさんのところからお邪魔させていただきました。
介護ブログの存在を最近になって知ったのですが、
みなさんの介護の様子には頭が下がります。
そして私も頑張ろう~って、元気をもらっています。
私は義母がアルツハイマー型の認知症なのですが、
認知症を疑う前に多重債務が発覚し
病気もショックでしたが、請求書や督促状の山に途方に暮れました。
この先どうしたら…という思いだけでした。
今はようやく少し落ち着いてきましたが、不安な事だらけです。
これからも時々お邪魔させていただきます。
よろしくお願いいたします。
お越しいただき有難うございます。 実は私もmimiさんのところからsoraさんへお邪魔して読ませていただいていました。
とても明るいブログですね。
私も明るくをモット-に始めましたがどうしても愚痴ぽっくなりますので
soraさんを見習いたいと思っています。
でも愚痴もいいですよね(笑)
またどうぞ。お待ちしております。宜しくおねがいいたします。
6月に帰省した時、父が母のおかしな行動{夜中の1時に隣家の人が呼んでいるといって訪ねて言った事)を話してくれなかったら、認知症の心配はしませんでした。年に1・2回会うか会わないかで、電話だけではほとんど分かりませんでした。
私は病気にはなれません。夫もずうっと元気でいてもらわなくては困ります。体力勝負。頑張りましょう。
でも、愚痴もいいですよねっ。ねっ。
ホント 電話では分かりませんね。 母の知人が時々かけて下さる電話に出ている母は「しっかりしている!!」(笑)・・のです。
そして最後に私に電話を変わって言われることが「お母さん まだしっかりしていらっしゃるではないですか・・・」と必ず(笑)
健康には気をつけて参りましょうね。